【インタビュー】映画「ヒマラヤ」主演ファン・ジョンミン、「結局、山より大事なのは人」

ファン・ジョンミン

「国際市場で逢いましょう」「ベテラン」の興行でいずれも「1000万俳優」に登極した俳優、ファン・ジョンミンが今回、実存人物のオム・ホンギルになってスクリーンに帰ってきた。

自慢し過ぎるようなこともなく、ファン・ジョンミンは謙遜そのものだった。大きな自然の前で彼はもっと成長して戻ってきたのだ。

映画「ヒマラヤ」(イ・ソクフン監督)はヒマラヤ登頂中に生を終えた同僚の遺体探しのため、記録も名誉も報酬もない命賭けの遠い旅に出るオム・ホンギル大将と遠征隊の熱い挑戦を描いたヒューマン感動実話である。

「海賊:海に行った山賊」「ダンシングクィーン」で知られるイ・ソクフン監督の作品で、ファン・ジョンミン、チョンウ、チョ・ソンハ、キム・イングォン、ラ・ミラン、キム・ウォンヘ、イ・へヨン、チョン・ベスら演技派役者たちが出演した。

劇中、ファン・ジョンミンは遠征隊のリーダー、オム・ホンギル役を熱演した。

ファン・ジョンミンは「あんなに大変だとは思いませんでした。分かっていたら、やらなかったと思います。最初は簡単に思えました。いつも撮るように、アクション映画のようにと思っていました」と話した。

「ヒマラヤ」はファン・ジョンミンの予想よりはるかに難しく大変な映画だった。下着3枚、靴下2枚を重ね着して撮影に臨んだ。体温の維持のため、体を洗うことも思い通りにできなかった。高山病の恐怖で体が震えたし、ウェットティッシュでやっと体を拭いた。だが、「ヒマラヤ」チームをさらに苦労させたのは山岳の映画がほとんどない韓国で、参考にするものがないことだった。

「どういう風に撮れば危険に見えて、どういう風に撮れば、もっとも寒く見えるのかが(参考例が)なくて大変でした。もちろん、スーパーバイザがいましたが、顔に雪がどれくらい付いた方がいいのか、もしかして付いたら駄目なのか、そして実際に拭かなければならない部分もありませいた。でも、そうすると効果が活かされないのでその部分が曖昧でした。そんな些細なこともすべて大変でした」と回想した。

ハリウット映画に慣れている観客の目の高さに合わせなければならないこともまたも負担となった。このため、「ヒマラヤ」の役者たちとスタップたちはネパールとフランスのモンブラン、江原道寧越(カンウォンドヨンウォル)で撮影しながら、最大限にリアリティーのある映像を撮るために努力した。製作陣のこうした努力はCGも加わり、現実と同じようなビジュアルを作り上げた。映画に協力してくれた山岳人たちも「ヒマラヤ」チームの情熱に感嘆したという。

撮影現場では率先して4500メートルの山を登り、重い荷物を持った。「映画に参加している限り、頑張ってやらないといけないし、いい場面をたくさん撮らなきゃいけない。後ろで腕を組んでいる理由はない。切迫した状況の中でいいものを得なければならないような状況なので、そのときは役者の力が大きくなる。先輩の立場からやれるんだと慰めるとスタップたちも追いかけてくる。自分が大変だとは言えない」とていねいに答えた。

ファン・ジョンミン2

ファン・ジョンミンは「ヒマラヤ」を撮るとき、遠征隊のオム・ホンギル大将のようにリーダーの役割まで果たした。先頭に立ってスタッフを慰労したり、時にはヘルメット忘れた人を叱ったりした。

「すごい別世界の経験でした。ぶつかったりして自分が得るものはなんだろうと思ったこともあります。製作者でもない、単なる役者なわけですけど、オム・ホンギル役をやっている限り、その責任感の力で前に進んで離さないように頑張りました」と力強く語った。

続いて、「適当にやるなら最初からやりません。やるならしっかりとやって、いい先例を残した方がいいと思います。その話を(イ・ソクフン監督と)しました。その力で最後まで行けたと思います。一番の中心になるのが私と監督で、線が乱れたりすると、全部が崩れてしまうので」とリーダー役割をした理由を説明した。

モデルになった山岳人オム・ホンギルは撮影現場を何回も訪れ、「ヒマラヤ」チームにアドバイスをしてくれた。撮影に役に立つような場所を勧めてくれることもあった。実際と似ているベースキャンプを見て、「本物と同じだね」と驚いたという。ファン・ジョンミンは「あの小さな体で16座を制覇したのはすごいことです。撮影現場を訪れた時には『まったく一緒だね』と我々が再現したベースキャンプをみて話したことがあります」

ファン・ジョンミンはオム・ホンギルになるため、一生懸命に悩んだ。すでにドキュメンタリーがある状況で、それを超えるなにかがあるか、心配もした。もしかしてと思い、オム・ホンギル大将が書いた本はあえて読まなかった。意図と違った方向に行く恐れがあると思ったためだ。映画の中盤に撮影がさしかかった時、ストレスが溜まったファン・ジョンミンは静かに本を取り出した。

「撮影が休みの時でした。寧越で2日間、部屋で悩んだ時、その本を読み、長い時間泣いた記憶があります。本を読みながら、間違った考えだったことを感じました。実話と違うように見せようと努力したのに、それから抜け出すことができことに気付いた。それから監督に会い、お酒を飲みながら『一番大事なのは人だ』と言いました。それからすべての解決の糸口を得ました」と説明した。

また、実際にネパールとモンブランに登りながらオム・ホンギルという人を少しでも理解できるようになった。彼は「遠征隊を撮ってからオム・ホンギル大将がどれだけ大変だったかを感じるようになりました。一緒に苦労しながら結局は、山より大事なのは人だと思いました。人と人を通して得るものがある。山よりもっと偉大なのは人だと思い付いんです」

ファン・ジョンミン3

ファン・ジョンミンは「『ベテラン』’が好きだった人が『ベテラン』を覚えていたのに、この映画を観て『ファン・ジョンミンってこんな演技をするんだ』と言うと思います。いつも山を越えても山です。簡単に乗り越えるのではない。毎回作品をするときにそう感じます」と作品を重ねる度に苦悩していることを明かした。

最後にファン・ジョンミンは「ヒマラヤ」を通じて少し成長したと言う。

「ビルの森で生きていて自分の視野に入りきらない壮観な風景を見て、人間というものはどれだけ小さな存在なのかと感じました。ふざけないで生きようと思いました。ヒマラヤに行って来てから、『検事外伝』を撮りました。少しおとなしなりました。『検事外電』は新人の監督なのでおとなしくなれました。昔だと新人監督の場合、もっと強く押し付けたりしました。でも、今はじっくり見守って、人がいない時に、『こうしたらどうでしょう』と意見を出したりします。物腰が柔らかくなって、いい経験でした」

(聞き手:TVDailyソン・ソンミ記者)

 

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